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YASUの呟き No. 03

教授就任の挨拶

平成22年4月から分子腫瘍分野の教授に就任しました藤田恭之と申します。世界的にも研究レベルの非常に高い当研究所の末席に加えて頂いたこと、大変光栄に感じるとともに大きな気概に身が震える思いであります。今回の就任以前は、ベルリンにポスドクとして6年、ロンドンにグループリーダーとして8年おりましたので14年ぶりの日本復帰ということになります。研究費や研究機器を日本で全く持っていないため、ゼロからの出発になりますが、持ち前のバイタリティと楽観的かつ前向きな気持ちでグイグイ頑張っていこうと熱く燃えております。
私のラボの主な研究テーマは、「正常上皮細胞と癌細胞の相互作用」です。正常上皮細胞層の細胞の一つに変異が起こった際に、変異細胞とそれを取り巻く正常細胞がお互いをどのように認識し対応していくのかについて精力的に研究をおこなっております。実を申しますと、このテーマのアイデアは私が大学院生の時に閃いたものでした。当時、私は大阪大学医学部の高井義美教授の研究室で大学院生の2回生でした。高井研にはその頃、大学院生で同期のA君という男がいました。彼は、非常に頭脳明晰でしたが、協調性に欠ける嫌いがあり、ラボの他のメンバーとたびたび軋轢を起こしておりました。ある月曜日の朝、ラボに来ると異臭が漂っていました。ラボ内を調べたところ、大量のラットの死骸が腐乱した強烈な臭気を放っているのが発見されました。A君が金曜日に40頭のラットを断頭した後、片付けなかったため、週末の間夏の熱気にさらされたラットは、血まみれのギロチンとともに異常な光景と臭気を呈していました。しかし、ラボの皆が怒って抗議しても、A君は謝らないばかりでなく、すぐに片付けようともしませんでした。怒りの収まらなかった私は、研究室の横のトイレの便器に座りきばりながら、彼をどうしたものかとあれこれ考え始めました。「あいつは本当に癌やなあ、どうしたら退治できるのだろうか」と呟いた瞬間閃いたのです。『本当の癌はどうなっているのだろうか?』私たちの社会では、我々の手に負えないような極悪人が出現した際には、警察が処理にあたります。でも、少し悪いA君のような人間に対しては周りの人間がなんとか排除あるいは矯正しようと試みます。同様に、悪性度の高い腫瘍細胞は免疫細胞という特殊な細胞が処理にあたるのですが、チョイ悪の変異細胞は周りの正常細胞がなんとか対応するのではないだろうか?この考えは面白いぞ!!
トイレから出て早速、高井先生にこの藤田新仮説を提唱したところ、「そんなもん、本当にそうやったら他のラボがもうやっとるやろう」とすげなく否定されてしまいました。文献を色々と調べてみてもそのような記載は見当たらなかったので、この仮説をなんとか研究してみたいとそれ以来ずっと考えるようになりました。ベルリンに留学した際にもボスにこのテーマをやらして下さいと頼んだのですが、「ヤス、お前は死にたいのか成功したいのかどちらだ?」と相手にされませんでした。そこで、ロンドンで独立してようやく自分のラボで調べる機会を得ることができました。独立して3年目の2005年某日、ポスドクのキャサリンと一緒に、正常細胞と発癌タンパク質Src変異細胞とを混ぜて両者の間で何が起こるかをTime-lapse顕微鏡で調べたところ、Src変異細胞が正常細胞層から管腔側へはじき出されるのが観察されました。正常細胞がSrc変異細胞を自分の社会から排除したのです。そのムービーを見た時の興奮は今でも忘れることができません。その後の私たちの研究でも、正常細胞が様々なタイプの変異細胞を駆逐する能力を有していることが分かってきました。
若い時には特に柔軟で新しい発想が湧いてきます。それらのほとんどは使い物にならないカスであるかもしれません。でも、それらを温め続けることによって、将来大輪の花を実らせることができるかもしれないのです。Boys/Girls be ambitious! Boys/Girls be dreaming! 私はこの経験を胸に、自分の学生が何かアイデアを出してきたときには、決して一瞬で否定してしまうようなことはせずに、一緒にそれらを発展させる可能性を探していきたいと思っています。また、私自身も若い人に負けないよう、色々と新しいアイデ アを思いついてサイエンスを満喫していきたいと考えております。まだまだ未熟で未だ成長過程にいる若輩者の私ですが、今後ともどうかよろしく御願い申し上げます!

updated : 2010/07/20