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YASUの呟き No. 10

激闘の果てに

北大に来て、初めての論文がようやく通った。本当はもっと喜ぶべきなのだろう。でも正直言って、悔しさと残念な気持ちでいっぱいな自分がいる。First authorのミホコ(梶田助教)もきっと同じだろう

長い闘いだった。これまでのキャリアで最も苦労した論文かもしれない。

この論文を最初にNatureに投稿したのは、2年前、2012年7月4日だった。正常上皮細胞が隣接する変異細胞の存在を感知し、細胞骨格タンパク質であるfilaminやvimentinをその周囲に集積させ、変異細胞を積極的に上皮細胞層から排除するという内容。「正常上皮細胞層が有する免疫細胞系を介さない抗腫瘍メカニズム」という新規な概念の提唱。editorは好意的で、reviewに回してくれた。しかし残念ながらreject。Reviewerは二人で、Reviewer 1、 2ともにその新規性は認めていたものの、「filaminやvimentinの上流と下流の分子を明らかにせよ」、「in vivoでも同様の現象が起こるかを示せ」など多くのポイントを指摘されていた。残念!でも、ここからミホコは本当に頑張ったと思う。膨大なcandidate approachを行い、Rho/Rho kinase→filamin→PKCε→vimentinという分子カスケードを明らかにしていった。さらに、University College Londonの多田先生(通称マサさん)との共同研究で、ゼブラフィッシュにおいてもFilaminが変異細胞の上皮細胞層からの排除に関与していることを示すことができた(マサさん、ありがとう!)。最初に論文を投稿してから約1年後に、Natureのeditorに「新たに様々なデータを得て、Reviewer 1と2のコメントにほとんど応えることができたので、再投稿を許してくれないか」とメールをしたところ、「それではとりあえず、送って下さい」との返事。再投稿したところ、幸いreviewに回してくれた。しかし、残念ながら2回目のreject。Reviewer 1はこれまでのコメントや新たなデータと全く関係のないポイントを指摘(しかもほとんどのコメントが論文の本論と関係のない的外れなものであったり、論理的でないものだった。結局最後までこのReviewer 1に泣かされることになった)、 Reviewer 2は「素晴らしくよくなった!」とアクセプト。そして、新たなReviewer 3は論文の面白さについては賞賛しながらも、「正常上皮細胞と変異細胞が押し合っているのかそれとも引き合っているのかを示せ」、「vimentin フィラメントは変異細胞の排除に物理的な力を供与しているのかを示せ」と物理的な側面について明らかにすることを要求。そんなん、この論文の主眼と関係ありまへんがな。しかし2回目のrejectにもめげる我々ではなかった。Editorに「3ヶ月以内に全ての実験を終えるので再投稿を許してほしい」とメールをしたところ、「reviewerに回すかどうかは分からないが、コメントに応えることができるのであれば再投稿して下さい」と返事。そこで、京都大学の杉村薫先生に共同研究の御願いをし、大阪大学の石井優先生の研究室の顕微鏡を使わせて頂いて、laser ablation実験を行うこととなった。北大から僕とミホコ、京大から杉村さんの計3人が阪大に集結して実験を行った。杉村先生は本当に真剣にこの共同研究に向き合い、何回も阪大に通って下さった。本当にありがとうございました。我々にとっても全く未経験の分野であったが、杉村先生と石井研の熱い御協力にて、Reviewer 3のコメントに応えるのに十分なデータを得ることができた。Reviewer 1のコメントにも追加実験を行い、真摯に対応した。
そこで、満を持して再投稿。今回はいけるんとちゃうか、という強い期待。そして……。平成26年1月16日、ドキドキしながらNatureからのメールを開けたところ、ああ3回目のreject。机の上に倒れ臥した。しばらく起き上がれなかった。Reviewer 1は再び、これまでのコメントと全く無関係なポイントについて、いちゃもんとしか言い様のない滅茶苦茶なコメント。誰やねんこのアホは!?Reviewer 3は追加実験にほぼ満足しながらも、マイナーな追加実験を一つ要求。ほぼ倒れそうになりながらも、追加実験を行い、再投稿してみたが、「Yasu、もうリバイスももう4回目だし、Natureとしてもこれ以上この論文を扱うことはできない」とEditorから最終通告。再度、翻意を促すメールを送ってみたが、残念ながらゲームセット。2014年3月14日、2年にわたるNatureとの闘いが終わった。

正直言って、Reviewerに恵まれなかったのが痛かった。ミホコの頑張り、共同研究者の暖かくタイトな協力(上記した以外にも多くの共同研究者に支えて頂きました)。皆さんの熱い想いを実らせることができずに本当に残念でならない。3回目のリバイスの時に、laser ablation実験データについて、異なる記載をしていたらReviewer 3は追加実験を求めなかったのではないか。そもそも、最初の投稿時に、もっとデータを付けてから投稿するべきではなかったのか。色々な思いが胸をよぎる。結局は、僕の実力が足らなかったのが原因なのだと、残念でならない。もっと研究者として成長し、成熟していかなあかん。

その後、Nature Publishing Group のtransferシステムにてNature Communicationsに投稿し、比較的すんなりとアクセプトされた。論文アクセプトを受けたラボでの飲み会は、僕もミホコも弾けることはなく、祝勝会というよりも慰労会という感じだった。ミホコは最初に論文を投稿してから、本当に寝食を忘れて実験に没頭していた。彼女はよりよい成果に値する働きをしたと本当に思う。この悔しい経験が、彼女のさらなる向上、成功につながってくれることを心から祈っている。また今回の論文は、細胞競合現象に新たな概念を与えるものであり、これからの当研究分野に大きなインパクトを与えていくであろうことを信じている。

Natureからの3回目のrejectメールを読んだ時の、張り裂けるような胸の痛みを忘れることは決してないだろう。でも、ヤスラボはどんどん前に進んでいかなければならない。幸い、北大に来てから手塩にかけて育ててきた学生たちも順調に成長している。それぞれのプロジェクトが着実に発展しているので、これからどんどん論文を出していける手応えは十分だ。頑張っていこう。他の研究者を唸らせるほどオリジナリティが高く、無茶面白い論文を、毎年NatureCellScienceに出すことのできるように。高みを目指して、もっともっと頑張っていこう。

updated : 2014/07/01