YASUの呟き No. 20
着任の挨拶(京都大学医学研究科)
この原稿は、京都大学医学部同窓会誌「芝蘭会報」第201号に、教授着任の挨拶として掲載されたものです。ヤスの呟きとしては、とても硬い内容になっています。「細胞競合」の本質解明を目指す
令和2年1月1日付で、野田亮先生の後任として分子生体統御学講座分子腫瘍学分野の教授に就任いたしました。この紙面をお借りして芝蘭会会員の先生方にご挨拶をさせて頂きます。
昭和58年に京都大学医学部に入学。学部時代は、医学部バドミントン部に所属しながら、本庶佑先生や沼正作先生の研究室に出入りし、基礎研究の面白さ・奥深さに触れました。平成2年に卒業後、京都大学医学部付属病院老年科での3ヶ月の研修を経て、舞鶴市民病院の救命救急部・内科で3年間研修。研修医生活の後は、1ヶ月間の東アフリカのウガンダ共和国での医療ボランティアの後に、大阪大学医学部分子生理学教室の高井義美先生の研究室に博士課程大学院生として入門。生化学とハードワークをみっちりと教わり、基礎医学研究の道に入りました。大学院修了後は、ベルリンのマックス・デルブルック・センターでの5年間のポスドク生活を経た後、平成14年からロンドンのMRC, LMCB研究所で8年間グループリーダー。その後、平成22年から北海道大学遺伝子病制御研究所の教授として研究を行ってまいりました。
私の研究テーマは、「細胞競合」という現象です。細胞競合とは、ショウジョウバエで発見された、性質の異なる細胞同士が生存を争う現象です。私はロンドンで独立し、研究室を主宰していた時に、独自に樹立した細胞培養系を用いて、細胞競合が哺乳類でも起こることを世界で初めて示しました。例えば、上皮細胞層中の一つの細胞にRasやSrcのようながん原性変異が生じた時、正常な上皮細胞は隣接する変異細胞の存在を認識し、変異細胞を上皮層から積極的に排除します。私は、この上皮細胞が有する免疫系を介さない抗腫瘍能力をEDAC (Epithelial Defense Against Cancer)と命名しました。北海道大学に着任後は、細胞競合マウスモデルを確立し、細胞競合が生体内の様々な上皮組織で起こることを報告しました。また、肥満や炎症などの環境要因がEDACを減弱し、上皮組織での変異細胞の蓄積を誘起することを示しました。さらに、がん原性変異細胞だけでなく、タンパク質合成が低下した細胞や細胞老化を起こした細胞も細胞競合によって、組織から排除されることが分かってきました。これらの知見は、細胞競合が普遍的な恒常性維持機構を担っており、がんのみならず、様々な疾患に関与している可能性を示しています。これまでは、免疫系が「自己」「非自己」の認識を担っていると考えられてきましたが、上皮細胞も同様の機能を有しているという点が、細胞競合における新たな概念であり、最も面白いポイントです。これからは、上皮細胞がどのような違いをどのように認識しているのか、その分子メカニズムを明らかにすることによって、細胞競合の本質解明に迫りたいと考えています。
明るく、バイタリティーに富んでいるところが私の長所です。この性質を大いに生かして、医学部の学生達をagitateし、基礎研究を志す後輩をどんどん育成していきたいと思います。20−30年後に京都大学医学部の基礎研究の黄金時代を迎えることができるように、教育にも情熱を注いでいきます。どうか、御指導、御鞭撻の程をよろしくお願い申し上げます。
updated : 2020/08/31